どうもTwitterが流行っている(らしい)。「流行っている」という言い方も正しいのかどうかわからない。
今後ネットサービスの標準的なツールとして定着すれば、「流行っている」という表現は正しくなくなる。
実際海外では定着してしまっているようだし、アメリカ大統領までアカウントをもっている状況をみれば既に十分市民権を得ているシロモノなのだろう。
iPhoneユーザーということもあり、AppStoreで毎日のようにTwitter対応アプリケーションがリリースされているのを目の当たりにして、ミーハーな新しもの好きとしてはさっそくアカウントを作ってみたりもした。
・・・が、いまいちこのノリきれなさは何だ?
「独り言は誰もいないところでつぶやいてナンボ。」
同じくiPhoneを使っている友人にTwitterどうよ的な投げ掛けをしてみたのだが、返ってきたのはやはりこんなシラけた回答だった。
完全にわが意を得たりの言葉で笑ってしまったのだが、つまり「Twiter」と言ってもそれは公に対してであり全然「Twiter」じゃないのだ。
細かい言葉の定義を始めてもしかたないのだが、大向こうを意識した「つぶやき」ほどカッコ悪いものはない、そんな気持ちがノリきれなさの原因だろう。
パーソナル・内輪を演出しながら、それでいて外部から見られる事を期待し、あわよくば自分営業ツールとしてアピールしたいという矛盾。
そういう事に対する気恥ずかしさ・自分に対するバツの悪さというのはMixiで既視感がある。
しかし、アッとという間にMixiが定着してしまった状況からすれば、ヘソ曲がりな自分の「ノリきれなさ」に反して日本でもTwitterがメジャーなサービスとなる素地は十分あるといって良いのかもしれないが。